志葉楽(シバラク)

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zoom RSS 戦後日本の汚点と汚名について

<<   作成日時 : 2013/10/20 00:56   >>

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戦後日本の汚点と汚名について

誠実に、真摯に、歴史を学べば、パール判事の『日本無罪論』が正論であることは一目瞭然である。

正義日本の汚点(敗戦)は消えないが、日本の汚名(侵略)は完全に雪そそがれる。戦犯にされた方々の英霊も、靖國の神として祀られるのは当然のことである。
 
http://www.senyu-ren.jp/SEN-YU/02084.HTM(こちらより転載)

パール判事(インド)

1 支那事変以来、米英両国は、中立国の国際法上の義務に違反して、公然と蒋介石政権に対して経済的軍事的に多大の援助を与えた。
これは明らかに日本に対する挑発行為であり、宣戦なき戦争を日本にしかけたものである。

2 支那事変の末期、米・英・支・蘭等四ヶ国が協同してABCD包囲陣を作り、日本を経済的に封鎖した。
特に日本に対する石油の全面禁輸は、日本に対する厳しい挑戦行為である。  

3 米国は開戦前の11月26日、日本に対して最後通牒を突きつけた。その第三項に「日本は中国および仏印の全土から陸海軍と警察力を全部撤退する」よう要求した。
これは明らかに、日清、日露両戦役の結果日本が正当に得た権益を捨てることを要求するもので、宣戦布告と同様である

4 米国は11月27日、前哨地帯の諸指揮官に対し、戦闘態勢に入るよう秘密指令を出した。この日に対日戦争を開始したことになる。

  以上から、日本は無罪である。

ウェッブ裁判長

私は東京裁判で裁判長席に座った30ヶ月間、証人達の皇室に対する気遣いと尊敬の念及び、自己の立場を主張する際の真面目さと誠実感とにしばしば心を打たれた。
私は日本が一九四一年に戦争に訴えたことに対し、日本を断罪するにどんな権利があるのかとしばしば自問した




最高責任者ダグラス・マッカーサー元帥

「日本が第二次大戦に赴いた目的は、そのほとんどが日米の安全保障のためであった」と証言した。


キーナン首席検事

あの裁判は大きな誤りであったと告白している。






A級戦犯というものは日本にはない。


http://000hime.blog74.fc2.com/blog-entry-108.html(こちらより転載)




やたらA級戦犯って言う議員、マスコミ、自称評論家‥たくさんいる。


あのかたがたは、 A級戦犯⇒戦争の原因を作った犯罪者のつもりなようですが、ぜんぜん違いますから!


いかに日本史を勉強してないか、 いかにあほかと宣言しているようなものです




昭和20年8月30日


日本に到着したマッカーサーの第一声


「東條を逮捕する。そして早急に戦争犯罪人のリストを作れ」
「戦犯第一号はパールハーバー攻撃の東條内閣の閣僚たちだ」


真珠湾攻撃は東條の仕組んだ先制攻撃だと言わんばかり。
(それも後でニュースで知った)


マッカーサーは自分がフィリピン方面軍司令官の時に日本軍に敗れ、
「アイ・シャル・リターン」と言って逃げた時の復讐のために、
当時司令官だった本間雅晴中将の名前も戦犯にした。



こんな感じで『A級戦犯』28名決定。



来日したソ連が「俺らにも選定させろ」と言いだし、
重光葵、梅津美治郎の2人をA級戦犯に追加。


ソ連は『日露戦争』の復讐で東京裁判に参加。


日本はソ連に戦争犯罪がなかったから、

大東亜戦争以前の日ソの戦い、つまり日ソ間で解決ずみの張鼓峰事件(1938)やノモンハン事件(1939)を持ちだして、
「日本の侵略だ!」と主張



びっくりするぐらい適当に選ばれた『A級戦犯』が、
いまだに首相の答弁で、悪者扱いされてるってどんだけあほなの?



戦後、東京裁判が行なわれた。

ほんとなら日本人自身が国家指導者の責任を追及すべきなのに、戦勝国が一方的に裁いて断罪した



その時勝手に選ばれた指導者達は、判決に従うことで、戦争責任を負った形となりました。




でもね。


独立回復後、日本は国会で

A級戦犯を含むすべての戦犯の死を
「法務死」として遺族への年金や恩給を支払うことにした。

遺族の救済や名誉の回復を行なうことを決めた。



昭和27年4月


まだ服役しなければならない1224名の「戦犯」に対して国民の同情が集まった。



昭和27年7月


日本じゅうで戦犯の早期釈放を求める署名運動。
約4000万人の国民署名が集まった。

当時の日本人口、約8581万人
単純計算で、国民の2人に1人が署名した。



昭和28年8月


「戦犯釈放を求める国会決議」が決議された。
国会決議は【全員一致】



国家指導者の政治的責任や道義的責任という問題と慰霊とは別の問題です。


昭和53年、靖国神社にいわゆるA級戦犯が合祀された。
昭和60年に中国が批判するまで、問題だなんて誰も言わなかった。



日本人は、戦争中でも敵国兵士の墓を作った。
これは武士道の伝統。


敵国の兵士をも弔うんだから、
自国の指導者に対しては死者に鞭打つことをしないのが日本人。

殺した後で死体を食べる中国人とは根本的に違う。


そしてその合祀は厚生省が提出した名簿に基づくもの。
名簿は国会の決議や諸外国の承認を踏まえて作成されたもの。



つまり靖国神社がA級戦犯を「戦争による公務死亡者」として合祀したことは

法律に基づき、行政の通知に従って実行したもの。



靖国神社が批判を受けるって意味わからない。
知らんだけだろw


A級戦犯だった人の合祀を批判したいのなら、
厚生省のその名簿を作った奴を批判しろ。



戦後、靖国神社に合祀される人の基準は
国会で、法律として決めてある。

別に靖国神社が勝手に合祀したわけじゃないし、遺族が決めたわけでもない。
(靖国合祀の関係法→戦没者遺族援護法・恩給法など)



*昭和28年8月


「戦傷病者戦没者遺族等援護法」「恩給法」の改正

「戦犯」とされた人々を国内法上での犯罪者としないことにした。
決定は【全員一致】


彼らの死を戦争による公務死としたことは主権独立国家として正当な決定。



「A級戦犯」も「B・C級」も関係なく公務死とした。
これは日本人が決めたこと。


サンフランシスコ講和条約第11条第2項で、
東京裁判を行った国の過半数の同意を得た場合は「戦犯」を赦免できることになってた。


日本はこれをまじめに取り組み、
国会で「戦犯」の免責を決議し、関係各国に働きかけた。


そして‥



*昭和31年3月
 「A級戦犯」全員赦免・釈放



*昭和33年5月
 「BC級戦犯」全員赦免・釈放


これを正式に勝ち取った!!


わかるよね。

日本に「戦争犯罪人」はいない!
「A級戦犯」もいない!!!

世界中がそれで納得してる。



*昭和50年11月21日


昭和天皇がいつも通り靖国神社を参拝。

突然、社会党が「問題だ」と言い出した。
それが原因で、天皇陛下は靖国参拝ができなくなった。



*昭和60年


突然、首相の公式参拝を中国が抗議してきた。

中曽根首相は参拝をやめた。



国民はそれほど騒がなかった。
マスコミが靖国参拝を騒ぐようになった。



社会党の生き残り、民主党に大勢いますね。

自分の主義を変えて民主党に入ったわけじゃない。
選挙に当選する目的のために、民主党にいる醜い奴らです。


ナニジンなんでしょうね〜
誠実に、真摯に、歴史を学べば、パール判事の『日本無罪論』が正論であることは一目瞭然である。 正義日本の汚点(敗戦)は消えないが、日本の汚名(侵略)は完全に雪そそがれる。戦犯にされた方々の英霊も、靖國の神として祀られるのは当然のことである。  http://www.senyu-ren.jp/SEN-YU/02084.HTM(こちらより転載) パール判事(インド) 1 支那事変以来、米英両国は、中立国の国際法上の義務に違反して、公然と蒋介石政権に対して経済的軍事的に多大の援助を与えた。 これは明らかに日本に対する挑発行為であり、宣戦なき戦争を日本にしかけたものである。 2 支那事変の末期、米・英・支・蘭等四ヶ国が協同してABCD包囲陣を作り、日本を経済的に封鎖した。 特に日本に対する石油の全面禁輸は、日本に対する厳しい挑戦行為である。   3 米国は開戦前の11月26日、日本に対して最後通牒を突きつけた。その第三項に「日本は中国および仏印の全土から陸海軍と警察力を全部撤退する」よう要求した。 これは明らかに、日清、日露両戦役の結果日本が正当に得た権益を捨てることを要求するもので、宣戦布告と同様である 4 米国は11月27日、前哨地帯の諸指揮官に対し、戦闘態勢に入るよう秘密指令を出した。この日に対日戦争を開始したことになる。   以上から、日本は無罪である。 ウェッブ裁判長 私は東京裁判で裁判長席に座った30ヶ月間、証人達の皇室に対する気遣いと尊敬の念及び、自己の立場を主張する際の真面目さと誠実感とにしばしば心を打たれた。私は日本が一九四一年に戦争に訴えたことに対し、日本を断罪するにどんな権利があるのかとしばしば自問した 最高責任者ダグラス・マッカーサー元帥 「日本が第二次大戦に赴いた目的は、そのほとんどが日米の安全保障のためであった」と証言した。 キーナン首席検事 あの裁判は大きな誤りであったと告白している。 A級戦犯というものは日本にはない。 http://000hime.blog74.fc2.com/blog-entry-108.html(こちらより転載) やたらA級戦犯って言う議員、マスコミ、自称評論家‥たくさんいる。 あのかたがたは、 A級戦犯⇒戦争の原因を作った犯罪者のつもりなようですが、ぜんぜん違いますから! いかに日本史を勉強してないか、 いかにあほかと宣言しているようなものです 昭和20年8月30日 日本に到着したマッカーサーの第一声 「東條を逮捕する。そして早急に戦争犯罪人のリストを作れ」 「戦犯第一号はパールハーバー攻撃の東條内閣の閣僚たちだ」 真珠湾攻撃は東條の仕組んだ先制攻撃だと言わんばかり。 (それも後でニュースで知った) マッカーサーは自分がフィリピン方面軍司令官の時に日本軍に敗れ、 「アイ・シャル・リターン」と言って逃げた時の復讐のために、 当時司令官だった本間雅晴中将の名前も戦犯にした。 こんな感じで『A級戦犯』28名決定。 来日したソ連が「俺らにも選定させろ」と言いだし、 重光葵、梅津美治郎の2人をA級戦犯に追加。 ソ連は『日露戦争』の復讐で東京裁判に参加。 日本はソ連に戦争犯罪がなかったから、 大東亜戦争以前の日ソの戦い、つまり日ソ間で解決ずみの張鼓峰事件(1938)やノモンハン事件(1939)を持ちだして、 「日本の侵略だ!」と主張 びっくりするぐらい適当に選ばれた『A級戦犯』が、 いまだに首相の答弁で、悪者扱いされてるってどんだけあほなの? 戦後、東京裁判が行なわれた。 ほんとなら日本人自身が国家指導者の責任を追及すべきなのに、戦勝国が一方的に裁いて断罪した その時勝手に選ばれた指導者達は、判決に従うことで、戦争責任を負った形となりました。 でもね。 独立回復後、日本は国会で A級戦犯を含むすべての戦犯の死を 「法務死」として遺族への年金や恩給を支払うことにした。 遺族の救済や名誉の回復を行なうことを決めた。 昭和27年4月 まだ服役しなければならない1224名の「戦犯」に対して国民の同情が集まった。 昭和27年7月 日本じゅうで戦犯の早期釈放を求める署名運動。 約4000万人の国民署名が集まった。 当時の日本人口、約8581万人 単純計算で、国民の2人に1人が署名した。 昭和28年8月 「戦犯釈放を求める国会決議」が決議された。 国会決議は【全員一致】 国家指導者の政治的責任や道義的責任という問題と慰霊とは別の問題です。 昭和53年、靖国神社にいわゆるA級戦犯が合祀された。 昭和60年に中国が批判するまで、問題だなんて誰も言わなかった。 日本人は、戦争中でも敵国兵士の墓を作った。 これは武士道の伝統。 敵国の兵士をも弔うんだから、 自国の指導者に対しては死者に鞭打つことをしないのが日本人。 殺した後で死体を食べる中国人とは根本的に違う。 そしてその合祀は厚生省が提出した名簿に基づくもの。 名簿は国会の決議や諸外国の承認を踏まえて作成されたもの。 つまり靖国神社がA級戦犯を「戦争による公務死亡者」として合祀したことは 法律に基づき、行政の通知に従って実行したもの。 靖国神社が批判を受けるって意味わからない。 知らんだけだろw A級戦犯だった人の合祀を批判したいのなら、 厚生省のその名簿を作った奴を批判しろ。 戦後、靖国神社に合祀される人の基準は 国会で、法律として決めてある。 別に靖国神社が勝手に合祀したわけじゃないし、遺族が決めたわけでもない。 (靖国合祀の関係法→戦没者遺族援護法・恩給法など) *昭和28年8月 「戦傷病者戦没者遺族等援護法」「恩給法」の改正 「戦犯」とされた人々を国内法上での犯罪者としないことにした。 決定は【全員一致】 彼らの死を戦争による公務死としたことは主権独立国家として正当な決定。 「A級戦犯」も「B・C級」も関係なく公務死とした。 これは日本人が決めたこと。 サンフランシスコ講和条約第11条第2項で、 東京裁判を行った国の過半数の同意を得た場合は「戦犯」を赦免できることになってた。 日本はこれをまじめに取り組み、 国会で「戦犯」の免責を決議し、関係各国に働きかけた。 そして‥ *昭和31年3月  「A級戦犯」全員赦免・釈放 *昭和33年5月  「BC級戦犯」全員赦免・釈放 これを正式に勝ち取った!! わかるよね。 日本に「戦争犯罪人」はいない! 「A級戦犯」もいない!!! 世界中がそれで納得してる。 *昭和50年11月21日 昭和天皇がいつも通り靖国神社を参拝。 突然、社会党が「問題だ」と言い出した。 それが原因で、天皇陛下は靖国参拝ができなくなった。 *昭和60年 突然、首相の公式参拝を中国が抗議してきた。 中曽根首相は参拝をやめた。 国民はそれほど騒がなかった。 マスコミが靖国参拝を騒ぐようになった。 社会党の生き残り、民主党に大勢いますね。 自分の主義を変えて民主党に入ったわけじゃない。 選挙に当選する目的のために、民主党にいる醜い奴らです。 ナニジンなんでしょうね〜

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