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zoom RSS ◆日本の武術の精神

<<   作成日時 : 2014/12/26 19:17   >>

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◆日本の武術の精神
 石坂 哲朗氏(FBより) 3月25日

日本の武術は他の国の格闘と異なり、技術的にも精神的にも「護る・守る・衛る」と言うものがベースにある。
そして「勝利の定義」が、ただ殺戮と言う結論に達せず大変高尚な哲学に裏付けられているのだ。
現代社会においての争いにも大変通ずるものがある。
民事事件の場合、敵の財産が移動されないうちに、仮差押を打つ。
そしてあまたの証拠をそろえ法廷での準備をして、提訴したり、準備を整えて示談交渉をしたりする。
決裂すれば裁判と言うわけだ。
悪質な相手であれば、「刑事告訴」を付加しておく。
財産を隠蔽してもこれをすることにより刑務所生活を免れる為、取り下げを条件に金を支払う。
(外堀から埋めて戦にのぞむ訳だねー)
これを武道では「布陣」と言う。
スポーツと武道の違いはまさしくここにある。
ルールに守られたゲームに勝利する事を目的とするか、社会の場で勝利する心構えを培う為に修行するものかに大きく分かれるわけである。
(みんな知っててやってるのかなー)
しかし現在心無い指導者が多く、欧米ナイズされ競技に走る「優勝至上主義」傾向は止まる事が無い。
勝って泣いたり、負けて泣いたりの御祭り騒ぎで とても武道と呼べる代物でないものが蔓延しているのだ。
国際社会における紛争は「示談」これが「外交」にあたる。
そして「民事訴訟」は「国際司法裁判所」であり、「刑事訴訟」は「軍備」に相当するものである。
「惻隠の情」を持つ我が国民の持つ裁判所でさえ常に大賑わいの中、文化を異にする外国との争いを「示談」のみに頼り「刑事罰」を放棄させられ、我が国はそれを改めず、良い外交が出来る道理が無いのだ。
( 外務省もやる気なくなってんじゃあない?)
江戸時代まで「日本刀」と言う武力を帯刀し、いつでも死ぬ覚悟で切腹の為の「脇差」を持ち歩き、毅然とし礼儀を重んじ交渉をする凛とした武士の姿。
この様な血の通っている我が大和民族が侵略戦争など起こす事は皆無である。
いい加減外国から押し付けられたまやかしの歴史観を捨去り目覚めの一歩を踏み出す事。
これが私流の「武術の真髄」の序章である。
櫻満開の中こんな話の花も咲かせて頂きたいと切望する。
( いしざか てつろー )

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